政治こそが人々を幸せに出来る。【有権者との乖離を乗り越えて】都議選・墨田区

都政は待ったなし。川松真一朗新たな決意と皆さまへの宣誓

東京都議会議員の川松真一朗(墨田区選出・40歳)です。

各候補とも横一線状態で最終日を迎えた今回の都議会議員選挙。

このたび19763票のご支持とともに、都議会の一員としてふたたび働く機会を皆さまより与えて頂きました事を、この場をお借りしてご報告申し上げます。

選挙から一夜明け選挙の報告

想像以上の逆風だった選挙戦、だからこそ対話へ
選挙戦9日間はコロナ禍という前代未聞の状態で告示され、私にとっても、またすべての候補者においてもまったくの未知の状態で幕を開けました。自らの訴え以上に、地域の皆さまお一人おひとりと対面し、リアルな声を一身に受ける。それはある意味、2期目の都議会議員として最後の大事な仕事でもありました。

訴え続けた9日間

「川松さん。私ら、一体いつまで辛抱すればいい」
「政治家は誰の声を聞いているんだ?」
「これ以上、どれだけ我慢すれば都は気が済んでくれるのか」
「自民党は嫌いだ」
「オリンピックはなんでやるんだ?」
・・・・・

選挙は候補者にとってたしかに一つの節目でありますが、区民の皆さま、都民の皆さまの苦境はいまもなお絶え間なく続いている。都政は待ったなし、それをあらためて痛感した9日間でした。

車での移動は極力行わず、ひたすら自分の足で歩く。選挙期間、その距離は170kmを超えていました。およそ北は福島県いわき市、西は静岡県浜松市まで歩いた計算になります。

また選挙最終日の7月3日には静岡県熱海市の一帯で集中豪雨による土石流が発生し、2名の方が命を落とされました。謹んでご冥福をお祈り申し上げますとともに、現在も安否不明の方や被害の全容も不明な点が多く、東京都としても何か手を差し伸べることができないかと思いを巡らせています。

そこにいるお一人お一人に向かって

4年前の約束を胸に
2期目を賭けて挑んだ前回、2017年。私は2つの決意をもって臨みました。

ひとつは、東京を世界一安全な都市にすること。4年間で様々なことが変わりました。東京メトロをはじめ東武スカイツリーライン、JRなど各鉄道はホームドアの設置が進み、転落のような痛ましい事故も聞かれることが少なくなりました。もっと進めていかなければいけません。

そしてもうひとつは世界一、子育てのしやすい都市にすること。ジェンダーの壁を取り払い、安心して育児ができる環境を整える。東京自民党として掲げた大幅減税もそのひとつですが、その実現はこれからにかかっています。

多くの方にお支え頂いた選挙戦

大平哲学で「納得と共感」へ
選挙終盤でも触れた、大平正芳総理の信念「明日枯れる花にも水をやる」、そして「楕円の哲学」。この4年間、どちらの言葉も私をつねに奮い立たせてきました。飲食店への協力金が遅れている、関連事業者も大変な事になっています。「3ヶ月先の100万円より明日の1万円だ」と担当部署に怒り続けています。元総理の準えれば、「明日枯れる花に水をやらない」が今の政治行政です。

そして、地方議会は首長と議会という、楕円球のように2つの中心点があってバランスを保っています。都議会は都知事に対して、二つの中心が均衡を保ちつつ緊張した関係を作らなければ都民視点の行政運営にはならないと考えています。

だからこそ私は「次の4年間は、絶対に墨田区を、東京を、そしてこの日本を枯れさせない。」そうした決意と覚悟をもって都政に挑んでいく事をお約束し、勝たせて頂いた選挙だったと考えております。

序盤には萩生田文科大臣から川松選対に「檄」

前回2期目が始まるにあたり、私はイギリスの歴史学者トマス・カーライルの言葉を借りてこう記しました。

「変化は苦痛だが、それは常に必要なものだ。私も自民党も、変わっていかなければならない」。

その一方でカーライルは、自身の日記で次のような言葉も残しています。

「政治によって人々を幸せにできるというのは空しい希望だ」

同世代の仲間である今井絵理子さんと

そんなことはない、私たちが変えて見せる。今回のきびしい都議選をともに戦い抜いた仲間たちとともに、そして私にかけがえのない一票を託していただいた皆さまの想いを背に、全力で挑んで参ります。

最後まで信じてくれたメンバーで

そしてこれからも、誰が正しいかでなく、何が正しいか。

「都政に正論」を合言葉に、誰よりも真摯に、誰よりも誠実に、そして誰よりも謙虚に。

わたくし川松真一朗は、政治こそが人々を幸せにできると信じ、都政に取り組んでいくことをここに誓います。

令和3年7月5日 川松真一朗拝

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