こんばんわ。
さて、このブログでは民主党代表選挙について書いたばかりですが、報道を見ていますと、争点は「大連立」「増税」「マニフェスト」というキーワードが目立つようになってきましたね。ここに、数の論理でいくと小沢グループが誰を推すのかが勝敗の分かれ目であるかのようになってきています。あの菅VS小沢の代表選挙の時に「脱小沢か親小沢か」で天下分け目の決戦をした事は何だったのでしょうか。中間派なんていう人達も存在したように記憶しています。
かつて自民党竹下派全盛期に金丸信会長が「無事の橋本、平時の羽田、乱世の小沢、大乱世の梶山」と語ったと言われていますが、この乱世に小沢待望論が一部であるのは確かでしょう。しかし、民主党党員資格停止中である小沢一郎氏が近々に行われる代表選挙に出馬するのは不可能ですので、意を受けた小沢グループの方々が誰か一人に投票する事にならざるを得ません。その際に、現在が乱世あるいは大乱世であることは自明ですので、小沢・梶山クラスの政治家が民主党代表になるべきであると思ってならないわけです。
菅VS小沢の代表選の時に、中小企業経営者の集まりに行った際、菅総理が小沢氏を「金と数の力にものを言わせる古いタイプの政治家」と指摘した発言について、経営なんて「金と数の力」があればあるに越した事はない。経営者の感覚が無い菅さんには日本国の経営を任せられないと小沢支持を明言されていた方がいたのをふと思い出しました。
これからやってくるであろう菅退陣。次期代表選びはどのようになっていくのでしょうかね?
さて、私は7月22日のブログ(http://ameblo.jp/kawamatsushin16/entry-10961276848.html
)で、とんねるずさんの「一番偉い人への」替え歌を紹介しました。
今日は、とんねるずさんの番組でかつてやっていた、とんねるずさんが歌う「どんなときも(槇原敬之)」の替え歌を書かなくてはと思い立ちました。今から17年前ですが、現代でもいけちゃう歌詞です。「あの泥だらけのスニーカーじゃ追い越せないのは 電車でも時間でもなく ボクかもしれないけど」からの一部分です。
この泥沼化した政界じゃ 生き残れるのは
羽田ちゃんでも ミッチーでもなく ボクかもしれないけど
どんな総理も どんな総理も 小沢と仲良くしておけよ
嫌な奴は嫌と 言える気持ち 抱きしめていたい
いつの時代も小沢一郎という政治家を中心に日本が進んできたということなのでしょうが。最後に一つだけ。「脱○○」という表現は、菅総理らの代名詞的ですのであまり使いたくない表現ですが、今代表選挙で争点になっている「大連立」というキーワードについて、こんな事を話されている方がいました。「脱小沢」と「脱長老」で民主党と自民党の一部同士が手を握るという選択肢もあるだろうなと。いずれにしても、日本を救ってくるリーダーが必要です。
8月16日
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