保守本流と保守傍流。この違いとは何なのか?

こんばんわ。

昨日のブログで、宏池会保守本流という言葉を使いました。しかし、自民党における派閥は小泉時代以降は特に形骸化していると言われています。そんな中、私自身の学部における研究が策決定過程論というもので自民党の派閥族議員というのが研究対象でしたので、色々と考える事は多いわけです。

ということで今日は少し派閥に触れておきます。そこで、参考文献として活用するのが、

松野頼三「保守本流の思想と行動」(朝日出版社1985年)という一冊です。

保守本流の思想と行動―松野頼三覚え書/松野 頼三

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この中で、松野はこう言います。

「保守本流と保守傍流の違いというと水源地の差だ。つまり、支流から合流した水と本流の水の違いだ。本流がいいと言うんじゃないが、本家育ちの将軍と分家からきて家督相続した将軍とでは、ついてくる家老が違う。子供のころからの習慣もしつけも違う。そういう差を感じる。

中曽根君は一所懸命やっているが、安定がない。本人は懸命なんだが、重みがないという感じを受ける。分家出身の才人だ。三木さんもその道の元老という感じだ。26p」

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「たとえば、三木さんの場合は、高い理想をかかげながらも常に椎名、福田、田中(角)勢力にかき回され、理想を実現できなかった。政権の基盤が弱かったというより、やはり宰相としての考え方が違ったと思う。

政治家としての迫力はあったが、党内運営における迫力という点では弱かった。27p」

吉田茂について「最後には天狗になって、少数政党になってしまったけれど、これがすなわち本流意識だ。こっちの数が多いとか、少ないとかは関係がない。27p」

「いずれにせよ、鳩山さんはじめ三木武吉、河野一郎は保守本流の横綱だ。公職追放されてなかなか本場所には出られなかったが。この系図でいくと、河野系からみれば中曽根君は本流の二世となる。29p」

と、少し引用しただけでも松野頼三の生き生きとした語感が伝わってきます。本当に多岐に渡り、話題が豊富であり今読んだとしても大変面白い一冊です。本流と傍流とは水源の差。分かりやすい表現であると思います。

本流・・・現実主義古賀派、麻生派、額賀派であり、
傍流・・・理想主義伊吹派、町村派、山崎派、高村派ということになります。

この保守本流という表現は、今後も様々な場面で使って行くことになりそうです。

8月10日

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